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カテゴリ:音楽療法センター
  • 2月7日 ~ノードフ・ロビンズ音楽療法センター~
    [ 2006-02-07 08:58 ]
2月7日 ~ノードフ・ロビンズ音楽療法センター~
今日はニューヨーク大学ノードフ・ロビンズ音楽療法センターへ向かった。
 一昨年の12月、一人の音楽療法士の方との出会いによって僕はその神秘的素晴らしさと人間美を感じる音楽療法に魅せられた。その音楽療法士の方が修行したところがこの音楽療法センターだった。
そこは創造的音楽療法を実践し、また音楽療法士を育てる機関である。センターの名の通り、1959年に故ポール・ノードフ博士とクライブ・ロビンズ博士が二人で発達障害児を対象とした音楽療法を始めた。創造的音楽療法の創始者である。幅広い臨床活動、研究・執筆活動、音楽療法士育成などを通し国際的にも著名だ。
今年の1月にクライブ博士が来日公演をされたときに家に押しかけ音楽療法について貴重なお話を聴く事ができた。その時に今回の僕のニューヨーク滞在のことも話し、是非センターを見学したいとの要望をお伝えしたところ、快くokしてくれた。
 センターはニューヨーク大学の一角にある。ワシントンスクエアパークをぐるっと囲んだビルいったいがみんな大学。 ホットドックを片手にワシントンスクエアをぶらぶら。何人にも道を尋ねるがセンターがわからず、本当のところセンターまで歩いて1分のところにいたのだが、20分ほど迷いようやく到着した。
 クライブ博士との再会。デリにてランチをご馳走していただきいざセンター内へ。
センターはおどろくほど隠れ家的存在であった。イメージしていたセンターをハリーポッターのロン・ウィーズりーの自宅だとすると現実に僕が目にしたのはハグリットの小屋であった。買ってきたお昼を食べるためにクライブ博士の仕事部屋へ。中に入るとそこはビデオの山、いろいろな録音器具の山であった。それは先生が1959年以来、さまざまな音楽療法を記録してきたそのおいたちが詰まりに詰まった部屋だった。
 30年前のノードフ博士とクライブ博士が二人で実践していた音楽療法の白黒ビデオを見ながらランチ。そこには発達障害児を集めたグループセッションの様子が描かれていた。これが僕がやろうとしている音楽療法の原点なのかという気持ちで見ていた。今まで日本でいろいろな音楽療法を見学させていただいたがこのビデオのセッションも含めそこには様々な問題を抱えたクライエントとすごく親密にかつ援助者であることを忘れさせない音楽的コミュニケーションが読み取れる。僕はその音楽での対話に強く惹かれたのだ。なんて素晴らしい対話だろう、人間と人間がお互いにお互いがそこに存在するのだとうことを音楽がそれに気づくまでの道のりとなり、それを一歩一歩確認し、慎重にときに大胆に大またで進んでいく、お互いがときに手を取り合い、時に抱きしめあい、またときにはその手をはなしたりしながら自分を知っていく。僕の感じた音楽療法のイメージとはそのようなものだった。
 クライブ博士にアランさんという方を紹介してもらう。アランさんはギターを使った音楽療法を実践している。いろいろと質問したい事話したいことなどあったのだが、あいにくアランさんはセッションで忙しくすぐにセンターを出なくてはいけないとのこと。メールと次の5月のMSMの試験で来たときにまたお話することを約束しお別れした。
 クライブ博士もちょっとセッションに出てくるという事で帰りを待つまで好きな過去のセッションのビデオをみていいことに。そこで選んだのはクライブ博士の前の妻である故キャロル・ロビンズのセッションだった。このビデオがものすごく衝撃的だった。それは視覚障害の3歳くらいの女の子とキャロルさんとの個人セッションを記録したものだった。キャロルさんのピアノ、歌声、女の子の音を聴く様子、すべてに感嘆した。全く目の見えない女の子は手探りで鍵盤を探していく。そして歯切れ歯切れに音をだしていく。その出される音一つ一つをキャロルさんが即座に判断し、メロディーをつづけたり、伴奏をしたり、歌ったりする。そのタイミング、音の豊かさそれらがセッションの回数を重ねることに、女の子の奏でる音の数の増加を促していた。そしてセッションの最後に女の子はピアノの好きな音を出し、その素晴らしいメロディーにキャロルさんがのりのりの伴奏をつけたとき、そのときの女の子の至福を表現する満面の笑顔に僕は感激した。その表情のものすごいこと。僕は勝手にこのキャロルさんのセッションが音楽療法とそのまま言って説明してもよいのではないかと思った。
 クライブ博士帰還後、少しお話をし、是非MSMに受かりニューヨークに住むことになったら週一でもここで何かお手伝いさせてくださいとお願いした。クライブ博士は、もちろん、音楽療法士を育てること、それが私の今の役目ですからと言って下さった。
 外も暗くなったころ帰宅。その岐路でまた素敵な音楽に出会う。地下鉄ライブ。黒人の人が一人でひたすらドラムをたたき続けていた。そうかと思うとこれまた黒人のグループでビックバンドのミニバンをやっていた。帰りも案の定道に迷いもう疲れ果てていたのでその音楽達には妙に聴きいった。魂の音楽がサブウェイで聴ける街ニューヨークだ。
 自分がいつか音楽療法センターにいるその場景を鮮明にイメージし、それに笑みを浮かべ希望の一閃とするのだった。


       今日はお世話になったオレンジジュースをご紹介します。

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by mokomo-n | 2006-02-07 08:58 | 音楽療法センター
   

NEW YORKでの十日間を綴ります
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